タロットカードの昼と夜

「二律背反性」をテーマにタロットカードの意味を解説していきたいと思います

大アルカナ0番「愚者」の意味

はじめに

記念すべき一回目のカードは大アルカナ0番「愚者」です。

このカードはタロットの中でも一番有名なカードであり、なにより絵が表象しているものがわかりやすいです。

そして入門書におけるこのカードの解釈を通じて、たった一枚の絵からこんなにも想像力豊かな解釈が出来上がるのかとタロットの魅力の虜になった人も多いはずです。

しかし、そのせいか、有名なタロット研究者や占い師の方たちは、この愚者の解説で自らの手腕を見せようと、独自色の強い解釈を持ち出したりして、入門書でタロットの面白さにはまったのに、次の本をいくつか読むと、一体何が正しい解釈なのかわからなくなってしまったりします。

そんな中、このブログの趣旨の通り、様々な研究者の方の解釈も参考にしつつも、カード作成者の真の意図といった真実は何かではなく、自分なりのイメージを最優先して、自分なりの解釈を見つけていきたいと思います。

愚者の意味

まずタイトルの愚者というのは注意が必要です。

愚者という言葉の存在は知っていても、日常生活ではほとんど使いませんから、頭の中で「愚か者」と変換してしまいますが、fool (foolish)というのは、そこまで悪い意味ではありません。

愚者は、英語ではfool (foolish)ですが、これがstupidとかidiotだと、結構強烈な悪い意味で、無能とか能無し等、心の底から馬鹿にするとき(非難するとき)に使います。

その点fool (foolish)というと、愚か者には違いないのですが、日常会話では能天気野郎とか、抜けているとか、子供じみているといった意味で、親友とか自分の夫(妻)なんかを、「ちょっと考えれば分かるはずなのに、好奇心が勝っちゃうんだろうね(笑)・・・、本当にあの人はFoolだよね」なんて親しみを込めて言うときにも使えます。

会社で上司がミスをした部下に、stupidとかidiotとか言えば、「君は本当に仕事ができないね」と怒り心頭で痛烈に批判する嫌な場面でしょうが、新入社員を「このバカモン!もうちょっと考えろ!」と愛をこめて叱るようなときを想定すればよいかもしれません。

もちろん日本語と同じで、どんな言葉も結局は、場面・語調・発言者の性格といった状況次第ですから、こういう説明は常に危ういですけどね。

いずれにせよ、愚者という単語をあまり否定的に捉えるのではなく、誰もが持っている愚かしい一面くらいに考えるべきかと思います。

ウェイト版タロットカードを買うと箱の中に入っている小冊子では、どのカードの趣旨も一言で済ませていますが、このカードはSpiritを表すとしか解説がありません。

他のカードでは、Spirit of XXXと、何々の精神を表すとなっているのに、単にSpirit、つまり単に人間の精神を表しているということです。

これは結局、人間が数多くいる中で、それを賢い人と愚かな人に分けた上での愚者を表しているのではなくて、人間であれば誰しも持っている、好奇心に駆られてあまり深く考えずにどこかに向かって行ってしまう性向、おっちょこちょいかもしれないけど、逆に言うと、本来的には何も縛るものはなく自由な存在としての人間の精神を表しているのでしょう。

それが、愚者です。

絵の解釈

この絵からメッセージを探っていきます。

まず、能天気そうな若者が陽気に歩いています。

前節で愚者の意味を長々と書きましたが、絵の解釈にそれが効いてきます。このカードは、数いる人間の一部の愚かな人間を描いているのではなく、人間が本来的に持っている自由や好奇心を親しみを込めて描いています。

つまり、この絵は、何も考えずに行動して崖から落ちる愚か者を描いて、教訓を伝えようとしているのではないと思います。

しかも、よく見ると足元で犬が「このままいくと危ないよ」と警告している、なんて説教じみた付言をしてしまうと、完全にことわざかるたの「犬も歩けば棒に当たる」の世界になってしまいます。

そうではなくて、単に人間の自由や好奇心を描いているのだと思います。

この若者の手荷物は少なく身軽そうです。これも暗示的で、我々はいつの間にかしがらみまみれの人生を送っていますが、本来は自由な存在として生まれてきていることを示しているのだと思います。

また、片手に白い花を持っていますが、この花の解釈に関しては、私は、Eaden Grayの解釈が好きです。

The youth also carries a white rose, indicating that he is still free from animal form of desire.

(勝手訳)
この若者は白いバラを持っていますが、それは、彼がまだ、動物の形をとる欲望から自由であることを示しています。

この解釈に触れると、カード番号ゼロの意味も分かってきます。

このカードは始まりのカードなのですが、本当の意味での始まりではない(1ではない)というか、もしかしたら、本当の意味の始まりなのかもしれませんが、要するに、何を始めるかすら決めていない状態なわけです。

どこか場所を落ち着けて、何かを成そうと意志を持った時初めて(これが大アルカナ1番「魔術師」のカード)、そこから、様々な感情や欲求が生まれてきます。

そして、そういった形をもった欲求は他のカードでは動物の形で登場します。

そういった具体的な意思を持つ前に、好奇心にまかせて自由気ままに旅しているさまをこのカードは描いているわけです。

そして、輝く太陽はそういった人間の本来的な自由さを祝福しているのでしょう。その一方で奥に見える氷の山は先に控える冷たい現実を表しているのかもしれません。

崖に関しても、崖から落ちそうだ、このまま無邪気に歩いていくと崖から落ちてしまう、といった教訓ではなくて、“単にその先が見たいからここまで来た”程度の理解でよいのかと思います。

岬の展望台とかにいくと子供は我先にと柵に乗りだして海を見ようとしますが、大人は「危ないから柵から顔を出さないで」と注意しつつ、「よく怖くないね」なんて言いながら柵まで怖くて近づけなかったりします。落ちたらどうしようと先のことを考えてしまうからです。

そういった子供のような自由な好奇心を祝福するカードです。

足元の犬は様々な解釈が取れますが、このまま進むと落ちてしまうと警告しているのではなく、自由で無邪気な冒険に対する胸騒ぎのような本能的な興奮を表しているのだと思います。

心の内側に自由や好奇心がないと冒険や挑戦はできません。もちろん、その結果として危ない場所についてしまうかもしれませんが、それを気にして、慎重になり過ぎてしまったら人生何もしないうちに終わってしまいます。

実際そうして心の自由を失って堅苦しく生きている人はたくさんいます。

その人たちから見ると、好奇心のままに行動する心の自由な人間はリスクを考えない愚か者に見えるから、皮肉を込めて、このカードに愚者というタイトルがつけられているのでしょう。

もちろん、楽観的にならなければ冒険も挑戦も新天地への旅もできませんが、楽観的になるということは目の前のリスクに気が付かずに大失敗するかもしれません。

これは人生の究極の悩みで、一歩踏み出すかもう少し止まって考えるかはどんな場面でも悩むところです。

しかし、自由な好奇心から何事も始まるわけですし、今の時代、結局悩むことで堅苦しくなってしまうことの方が多いから、あえて、カードの0番に、元々人間の持っている愚かしくも前向きで自由な心を絵にしたのだと思います。

裏の意味

裏の意味とは、逆位置の意味とも取れますが、正位置においては教訓や注意としても取れる解釈です。

逆位置でしたら、愚者でいることが裏目に出ているということでしょう。自由で楽観的なのは良いけど、常識的に行くべき場面にいるとか、自由にふるまっている場合じゃないといった、状況にいることを示しているのではないでしょうか。

正位置では、自由にふるまえているのは良いことで、それだからこそ楽しめたり、ここまでこれたのだろうけど、前や後ろにも注意しようね、楽観的ばかりでも生きていけないのは知ってるよね、といった注意になるでしょう。

逆の意味

逆位置にのみ当てはまる意味です。

一言で言えば、社会のしがらみ、常識、リスク回避などにとらわれ過ぎて、自由が失われている状態です。

もちろん、自由な好奇心にのみ忠実で、鼻歌うたってばかりでは生きていけませんが、かといって慎重になり過ぎては何も始まらない、もう少し楽観的に行かないと息苦しいだけ、という意味でしょう。

まとめ

正位置
心の自由が保たれていて、好奇心をもっている。何か始まるかもしれないし、前向きに来れたからこそ今があるのかもしれないが、このままいくと思慮不足で危険に陥るかもしれない。

逆位置
慎重に行動できているかもしれないが、自由が失われている。安全運転だが、何も始まらない。もしくは、自由で楽観的にふるまっているかもしれないが、常識的で慎重に行く場面にいる。

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テーマの著者 Anders Norén