タロットカードの昼と夜

「二律背反性」をテーマにタロットカードの意味を解説していきたいと思います

タロットが描く二律背反性

コインの表と裏

タロットカードの魅力は、一枚のカードに必ず良い意味と悪い意味があるところです。

そして、良い意味と悪い意味が独立なのではなく、コインの表と裏といったように、切り離せない関係にあるところが一番の魅力です。

私たちは人生の多くの場面で問題に直面し悩むことになりますが、個々の悩みの根底には、押すべきか引くべきかといった二者択一の究極の疑問が横たわっています。

押してばかりではただの自己中人間になってしまいますが、引いてばかりでは世間に流されてるだけの人間になってしまいます。

バランスが大事なのは重々承知しているものの、個々の場面ではどうすればよいのかわからないのがほとんどです。

そういう意味では、悩みというものは尽きないのですし、根本的な解決を望むのが間違っているのかもしれません。

どんな問題であれ、こちらを立てればあちらは立たないわけです。そして、心の奥底では、そういった二律背反の現実をうっすらと認識しているわけです。

しかし、多くの場合、複雑な事情のせいで問題がこんがらがって、悩み自体が上手く分からなかったりして、「問い」自体を上手く設定できないケースがあります。

そういった時にタロットカードというのは、根底にあるシンプルな二律背反を明らかにすることで、問題の本質に迫ってくれます。

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<吊るされた男>
吊るされ逆さまから物事を見ることで初めて真理に気付く様子を描く。自尊心と気付きの葛藤を暗示するカード。

具体例

例えば、不登校で悩んだとします。いじめとかグレたとかではなく、最近問題になっている、なんだか学校に行けないという不登校です。

そうした場合に、「周りの子はみんな学校に行っているのになぜ自分はいけないのか」という問題提起をしてしまうと困難な問題になってしまいます。「周りの子が学校に行っている」ことと、「自分が学校に行けない」ことという2つの事情が絡まってくるからです。

まずは、「自分はなぜ学校に行けないのか」という問題に絞ったほうがよさそうです。

しかし、「自分はなぜ学校に行けないのか」を考えてもなかなか答えは出ません。

この「問い」に答えるには、「学校とはそもそも何なのか」を明確にした後、「その学校とやらに行く意味」について答えを見つけなくてはならないからです。

それは超難問なのですが、さらにやっかいなのは、それを誰か偉い先生が教えてくれたとしても悩みは解決しない点にあります。

結局、自分はどうすべきかという究極の問題が最終的に残るからです。

しかもそこにあるのは、不登校の自分を受け入れた上で前向きに人生を歩む方法を模索するのか、それとも何とかして復学してみんなと同じ人生を歩むかという根本的な二者択一です。

この問題は人生における究極の問題です。

社会に合わせてばかりでは到底自己実現なんてできませんが、常に自分を貫いたところで社会あっての自分ですから、やはり自己実現はできません。

世間と折り合いをつけてうまく世渡りしながらも、どこかでその他大勢と異なる行動をとる場面が出てくるというのは頭で理解できたとしても、それが今なのかどうかはわからないものです。

つまり、自己実現には、周りと異なる個性を大事にして自分のやりたいことをやりつつも、世間に合わせて周りから期待されている役割をこなすという矛盾があり、その答えなんてないわけです。

矛盾だらけ

こういった矛盾は他にもいろいろと存在します。

ナンバーワンではなくオンリーワンといったところで、一人一人がオンリーワンになるからこそ社会における集団生活で序列化がなされるわけで、みんな同じであればそこには順位なんてなく、ナンバーワンもいません。

また、感情を覆い隠して理性的にふるまっても、心の内側でマグマのようなものがたまっていくのを感じない人はいないでしょうし、結局どこかで爆発したりします。だからといって、毎回感情むき出して生きていくのも疲れますし、具体的な個々の場面では、どうしてよいか、どうすればよかったか、分からないことばかりです。

他にも、義理人情をとるか合理的判断を取るかという問題もあります。借金の保証人には親兄弟でもなるなと口で言うのは簡単ですが、実際に頼まれたときに決断するのは大変です。そこで困らないような人には頼ってくる人もいないでしょう。

このように世の中は矛盾で満ち溢れています。

しかし、現実の悩みでは複雑な事情が絡み合って、悩んでいく内に物事の本質を覆い隠して見えなくしてしまいます。

頭がこんがらがって、ポイントが分からなくなります。

そこで、タロットカードが登場するわけです。

タロットカードの意義

悩みがこんがらがった時、タロットカードはどのカードが出てもスパッと本質的な問題を私たちに見せてくれます。

自分と世間、理性と感情、個性と孤独、船出と不安、いずれにせよ、あちらを立てればこちらは立たないよ、と。

私は神秘主義者ではないので、タロットカードが未来を教えてくれるとか、神のみぞ知る問題の答えを教えてくれるとは思っていません。期待もしていません。

私にとって、片思いの相手が私のことをどう思っているかとか、自分が近い将来大病にかかるかなんていうのはタロットに聞くような問題ではありませんし、タロットにはどれくらいまでの将来が読めるのかなんていう疑問は持ったこともありません。

しかし、タロットカードを眺め考えることで、直面する複雑に絡み合った問題をかき分けて深淵にたどり着着くことが出来ます。

いつだって答えのない究極の矛盾に直面しているのであり、決断するのは自分であると自覚できれば、主体的に判断して行動することが出来ます。

そのための思考整理ツールとしてタロットカードは非常に有効かと思います。

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